伊勢参り
2026年 03月 15日
近鉄特急で伊勢に出かけてきました。
「初瀬(はせ)の谷を抜け行くと、列車は山間部へ。室生(むろお)の渓谷を眺めながら、所々の民家の家並みを目に映す。そうこうするうちに景色は開け、菜の花畑も春を告げているなか、小さな町並みを抜けていく。山は遠くなり、田畑の広がる光景は名張(なばり)の町。イオンの建物も見え、いまやこの辺りも大阪への通勤圏。「はり」の名は人里離れた地を示すが、鉄道の沿線は開け、人の流れもかつてとは余程に異なっている。車内アナウンスは次の停車駅伊勢中川(いせなかがわ)を知らせ、もう伊勢の地に入った実感を覚えた。その地は名古屋と伊勢の分岐点。近鉄電車の交通上の重要地点でもある。」
そう車内で随筆風に旅行記を書きながら、久しぶりの車窓風景を楽しんだのです。この日は大学時代の同窓会。目的地は伊勢神宮で、かつての下宿仲間ら5人の参加となったのでした。
五十鈴川(いすずがわ)駅で昼に待ち合わせ、向かったのは神宮近くの和風レストラン。まずは腹ごしらえといったところです。いただいたのは鰹をまぶした混ぜご飯で、あとで神宮を調べてみると、正殿である正宮(ごしょうくう)茅葺きの屋根には10本の鰹木(かつおぎ)が使われている、ということから鰹が使われているのではと推測しました。
さて向かったのは伊勢神宮の内宮(ないくう)。ご祭神は天照大御神(あまてらすおおみかみ)。ここを訪れるのは小学生の時以来で、数えてみると60数年ぶり。記憶もおぼろげで、覚えているのは境内を流れる五十鈴川のみ。正宮の様子もまるで記憶から消えていました。
御正殿の鳥居はコマーシャルでよく見かけるたたずまい。これがそうなのだと、はじめてみるかのような印象のまま30段の石段を登ります。これだけでも足が重くなるほどですが、かつて安土城の高い石段を上ったことを思い起こすと低いものだと言い聞かせたものでした。拝殿前は横に二十人ばかりが並んだ整列状態。係員はさらに横に広がるよう言うのですが、中央寄りのほうに並ぶのは人情かもしれません。二礼二拍だよな、とは友人の再確認事項。出雲大社は一拍だったか四拍だったかなどと話を交わしながら一歩ずつ前へ。拍手は右手を90度交差させるように打つのが私の習わしで、それが一番音が響くからというのが理由です。

昔と違っていると感じたのは、参道も境内も拝殿も数多くの人があふれているかのようであったこと。もっとすいていたというのがわずかな記憶ですが、江戸時代のお伊勢参り以上に、現代の伊勢神宮参拝は人気があるのかもしれません。参拝者も若い世代が多いという印象でした。
3年前に訪れた東京の明治神宮も広いと感じましたが、伊勢神宮はそれ以上。朝は寒かったためにジャケットを着てきたものの昼は気温が上がり、正宮と荒祭宮(あらまつりのみや)のみでしたが、汗をかいてしまったほどでした。
五十鈴川に戻ったのは夕刻。私は用のためここで奈良へと引き換えしました。メンバー4人は賢島(かしこじま)へ。次は甲府(こうふ)で会おうと約束しての別れでもありました。

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夜に帰宅してから気づいたのは、土産物を一つも買い求めなかったこと。各店の人の多さに並ぶのが億劫になったこともあり、途中からは土産物のことを忘れてしまったからでもあります。さらに思い出してはっとしたのは、ホワイトデイだったことです。大失態とはこのことで、この日孫たちが来宅してすでに帰っていたのでしたが、やって来ていたのはこのためでもあったのです。もらった知人・親戚のこともまた何も考えていませんでした・・・
この日目に映した近鉄特急の数々。乗り鉄?の私には楽しいシーンでした。






















